よろず相談所

やってみなくちゃ 分からない

ネットニュースから

ASDについて        

2019.8.24の記事を参考にしてます

www.sankei.com

文中「近年」とありますが、

私の感触では「近年」ではないような…

私たち、ママ友の間では

「ボーダーライン」と呼んでいました

 

本来「ボーダーライン」とは

精神疾患の一部の方を指すもの

 

長男が小学校入学前に判定を貰った時

当時はまだ「ASD」に統合されておらず

自閉症も「カナー」「高機能」等々あり

高機能に含まれ、言葉を柔軟に操る

アスペルガー」があり、

その、どれもに属さないものを

「特定不能の広汎性発達障害」と

していました

さらに「ADHD」はそもそも

自閉症のカテゴリーではなかった

 

自閉症のカテゴリーというのは

どこからどこまでが〇〇で

どこからどこまでが××で~

といった括りに分けられないため

「連続体」といった意味で

まとめて「スペクトラム=虹色」

になぞらえ

自閉症スペクトラム障害」と

呼ばれてました

 

当時

私個人としては「ASD」にひとまとめに

されることに違和感はありました

 

症状が違い過ぎるため

重いからダメとか、軽いからいいとか

そういう意味ではありません

 

療育するにも、症状に合わせた

療育を受ける本人が

「何に困っているのか」

見極めてからでないと

どのような療育が

向いているのか

得意分野を伸ばしていけるのか

分からないと思っています

 

それは、高齢者の認知症にも

同じようなことが

いえると思いますが…

 

話を元に戻しますが、長男は所謂

「グレーゾーン」の部類

(診断名は高機能広汎性発達障害・HF-PDD)

多分全体のIQは100を超えるでしょう

が、頭脳の処理速度は80くらい

簡単に言うと

長~いやりとりが苦手

途中が頭に入らなくなります

 

だから、面接の練習を

いくらやっても

予測せぬ質問が飛ぶと

「フリーズ」する

 

長男も見た目「健常者と変わらない」

「やらなくてもいい」と言われ続ける中

療育は5歳秋~中3まで受けました

小学校は6年間、支援級所属で

親学級とを行ったり来たり

 

自分の感情の把握ができず

何が「楽しくて」

何が「嬉しいのか」わからない

小学校時代

「友達できた?」と聞くと

「友達って何」と返される

 

他者との違いは自覚しています

それを、自分の中でどうやって

対処するか、学生時代に「訓練」

していけるかが、

社会人になってからの

本人の対処能力を、引き上げる

のではないかと思うのです

 

あくまでも私の「私見」です

 

二次障害はもしかすると、

今後の生活の中での

発症があるかもしれません

 

ニュース記事にもある

「グレーはセーフ」か

については

私自身は「セーフ」と思っておらず

 

周囲の環境にもよると~

 

実際「セーフ」だと

親が思って普通級に入れた結果

学校生活が困難になって

途中から支援級に入ってくる

子供さんもいる状況

 

「最初から入れておけばよかった」

という人も

人それぞれの考えなので

否定も肯定もしません

 

「グレー」で安心したい気持ちは

分からなくはないけど

適切な療育というのは

適切な人間関係を構築する

手助けにもつながるもの

 

療育者と「ウマ」が

合わない事もあるけど

長男も保育所時代は

相当の乱暴者だったけど

「優しいよね、絶対乱暴働かないよね」

といった評価を貰うまでに~

それは一朝一夕で

できるものではなくて

1日1日の積み重ねなのです

 

子ども自身

が立ち向かわなければならない

困難に直面する前に

親自身が覚悟を決める必要が

あると思います

 

「療育を始めるのは早い方が良い」

と言いますが、その理由は

「子どもの自我が固まっていない」

ことにあります

 

子どもの自我は小学校高学年になると

ある程度固まってきます

反抗期が出現するのと同じ頃

自分を主張したいのだから

他者のいう事を聞くはずもなく

 

「言って聞かせる、理解してもらう」

ことが困難になります

療育はチームワークです

家なら家での、外なら外での

様々な社会に触れながら

本人の対処能力を上げていくのが

療育なのだと思っています